映画「空母いぶき」を観て

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 こんにちは!税理士の三浦です。

 今日は、今日観た「空母いぶき」という映画についての感想です。

 この映画は架空の話ではありますが、現在の日本の状況から、明日に起きてもおかしくないという妙なリアリティがあります。

 戦後70年以上も経ち日本人の多くは戦争を知らない世代となりました。しかし、国民のほとんどは戦争は絶対にしてはいけないものだと思っています。体験者から体験談を伺ったり、戦争の悲惨さ、無益さは教育のなかで学んでいます。

 でも、自分が自衛官だったり、政治家だったりしたら、この映画の主人公や総理のように冷静沈着な行動がこれるのかなぁ?と思いました。
 自分の仲間が戦死し、自分自身も死と向き合った状態では、やられたらやり返す的な精神状態になるんではないか。

 戦闘と戦争の違いは? 国民まで巻き込んだら戦争、それ以外は戦闘。
 自衛官は国民を守るために死ぬのは本望。
 というセリフがありましたが、自衛官だって国民です。彼らにだって人生はあるし、家族、知人、知り合い等など様々な人との関わりがあります。幸か不幸か自分のまわりには自衛隊関係者がいませんが、もし自分と関わりがある人が戦死したら、理屈で感情を押し殺すことができるのかなぁ? 

 映画だけに、あれだけのミサイルや魚雷の攻撃に対しほぼ無傷に迎撃できていたけど、現実になったらもっと被害が拡大し、死傷者がでるだろうから、そうなったらどうするんだろう? 最後は国連軍の介入で手仕舞いとなったけど、現実に国連が介入するのに1日でまとまるの? 湾岸戦争のとき、クウェートで殺戮や略奪が行われているのに国連が多国籍軍派遣するのに5か月位かかっているのに。

 そもそも国連は常任理事国5か国の思惑絡みで自分たちの利害にあまり関わらないことについては積極的に関与していません。今現在でも世界のいたるところで紛争が起きて何も責任のない人々が傷つけられ、貧困に窮しています。国内の紛争であれば過度な介入は内政干渉にあたり、その国の自主権の侵害にあたります。しかし、両者の間に立ち、武力行使を停止させ、テーブルにつかせ話し合いによる解決のための努力はできるのでは?

 自分は政治家でもないし特別な力を持っているわけではありませんが、対岸の火事として他人事とするのではなく、常に関心を寄せ、自分なりの考え方をもって情報として発信し、共感してくれる仲間を作っておかなければと思いました。いざ声を出す場面が訪れたとき、SNSなどで訴えなければ。一人一人は無力でも、SNSの力は人や政治や世界を動かせる力があるのは周知のごとくです。無関心が一番悪いことではないかと。

 この映画は、感動で胸が熱くなったり、涙ぽろぽろ系の映画ではありませんが、戦争とは、平和とは、人の命とは…といろいろなことを考えさせてくれる映画です。
 皆様も機会があれば是非観てみてはいかがでしょう。

 ではまた!!

 

 

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